資格 趣味・教養【一条 玲編】

14の資格を持つ女 File.12:書斎の煙は偽りか。シガーの「資格」が暴く富裕層の裏切り

シガー

【登場人物】

  • 一条 怜(いちじょう れい):
    主人公。14の資格を武器に、富裕層が絡む事件の謎を解く。
  • 高遠 誠(たかとお まこと):
    怜に仕える忠実な執事。彼女の調査を完璧にサポートする。
  • 伊集院 翔(いじゅういん しょう):
    今回の依頼人。急死した父の跡を継いだ、老舗企業の若き会長。気弱だが誠実。
  • 郷田 健介(ごうだ けんすけ):
    富裕層の闇を追う熱血ジャーナリスト。怜の情報源であり、時に厄介事の種。

「…父は、殺されたのかもしれないんです」

私の前に座る青年は、憔悴しきった顔で、絞り出すように言った。
彼の名は、伊集院 翔(いじゅういん しょう)。 先週、心臓発作で急死した日本を代表する老舗企業の会長、伊集院龍山の一人息子だ。警察は早々に病死と断定したが、彼は納得できずにいた。

「父は、死ぬ直前まで、ある重要な契約交渉を進めていました。相手は、新興IT企業の社長、鷲尾。父は、なぜかその契約にずっと乗り気ではなかった。なのに、現場には…鷲尾から贈られたという葉巻の吸い殻が残されていたんです」

富裕層の世界において、シガー(葉巻)は単なる嗜好品ではない。それは、会話であり、哲学であり、そして時には、無言の契約書ともなる。誰と、何を、どのように吸うか。その選択が、その人物の格を決定づける。
翔の父、龍山は、国内屈指のシガー愛好家として知られていた。そんな彼が、気に入らない相手から贈られた葉巻を、重要な契約の前に一人で吸うだろうか?

この紫煙に包まれた謎を解き明かすのが、私の十二番目の資格、「シガーマネージャー」の知識だった。

その香りは、キューバの赤い土と、カリブの太陽の物語。本物を知るためのパスポート

  • 葉巻の世界を探求する: シガーの知識は、あなたの社交シーンをより豊かで知的なものに変える。専門の講座や書籍で、その奥深い世界の扉を開いてみては。

シガーが語る富裕層の密約と、偽りのリラックスタイムに隠された「資格」

私は、翔の案内で、事件の現場となった龍山氏の書斎を訪れた。
重厚なマホガニーのデスク、壁一面の蔵書、そして、部屋の隅には温度と湿度が完璧に管理されたウォークイン・ヒュミドール(葉巻保管庫)。まさに、一人の男の王国だった。

「これです。父が吸っていたとされる葉巻は…」
翔が差し出したのは、ガラスケースに保管された一本の吸い殻。コイーバ・ベイーケ。キューバ産シガーの最高級品だ。

私は、ルーペを手に取り、その吸い殻を静かに観察した。
シガーマネージャーの資格を持つ者は、葉巻のラッパー(外側の葉)の色艶、巻きの均一さ、そして灰の質感や色から、その葉巻の品質だけでなく、吸った人間の精神状態までを読み解く。

「…翔さん。お父様は、これを吸ってはいないわ」
私の断言に、彼は息を呑んだ。
「この灰を見て。不均一に崩れ、所々に黒い斑点がある。これは、焦りと苛立ちの現れ。リラックスして味わう人間の吸い方ではないわ。それに…」

私は、吸い口の部分を指さした。
「カットが雑すぎる。お父様のような熟練の愛好家なら、V字カッターで、煙の流れを計算し尽くした完璧な吸い口を作るはず。これは、シガーの“作法”を知らない人間の仕事よ」

富裕層がシガーの知識を求めるのは、それが教養の証だからだ。ワインと同じく、テロワール(産地)、ビトラ(サイズ)、熟成がもたらす複雑なアロマを語れなければ、彼らのサークルでは「資格なし」と見なされる。この吸い殻は、まさにその「資格なき者」の犯行だと、雄弁に告発していた。

ヒュミドールに残された、もう一つのメッセージ

「高遠、ヒュミドールの中を」
私の指示で、高遠がガラスの扉を開ける。中には、世界中の希少なシガーが、まるで芸術品のように整然と並べられていた。
だが、その一角に、不自然な空白があった。一本だけ、抜き取られた跡。

「…これだわ」
私は、その空白の隣にあったシガーを一本、慎重に取り出した。そのラベルには「Davidoff No.1」と記されている。
「翔さん、お父様は、重要な交渉の際には、いつも特別な一本を選んでいたはず。鷲尾社長との交渉のために、彼が本当に選んだのは、このダビドフだったのよ。そして、その一本が、今、どこかに消えている…」
シガー愛好家にとって、ヒュミドールは聖域。その中の並びには、持ち主の思想や哲学が反映される。龍山が遺したこの不自然な空白こそが、彼が本当に伝えたかった、声なきメッセージだったのだ。

ジャーナリストが追う富裕層の裏側と、シガーの「資格」が示す真実の香り

書斎を出たところで、一台のバイクが私たちの前に停まった。
ヘルメットを取ったのは、フリージャーナリストの郷田健介(ごうだ けんすけ)。 彼の嗅覚が、この事件の裏にある金の匂いを嗅ぎつけていた。

「怜さん、やっぱりあんたも来てたか! 伊集院会長の死、きな臭いと思ってたんだよ」
彼が掴んだ情報によれば、鷲尾の会社は深刻な経営難にあり、龍山氏の会社との提携がなければ、年内の倒産は確実だったという。
「鷲尾は、会長に取り入るために、希少なベイーケを贈った。だが、会長は最後まで首を縦に振らなかった。それが、あの夜、一転して契約合意の連絡が入った。そして、その直後に会長は…」

郷田の情報と、私の鑑定が、一つの線を結び始めた。

郷田健介の潜入取材。ゴミ箱が語った真実

「それだけじゃないぜ、怜さん」
郷田は、得意げに取材ノートを開いた。
「俺は、鷲尾の会社のビルに清掃員として潜入して、あいつのゴミ箱を漁ってきたんだ。そしたら、面白いもんが出てきてな」
彼が取り出したのは、一枚の紙片。それは、半分に破られた契約書のドラフトだった。そこには、龍山氏の会社にとって、著しく不利な条件が並んでいた。
「そして、もう一つ。…これだ」
ビニール袋に入っていたのは、一本のシガー。ラベルには「Davidoff No.1」と記されていた。
「こいつ、会長の会社から出てきた後、自分のオフィスでこれを吸おうとして、途中で『不味い』って言って捨てたらしいぜ。価値も分からねえ癖に」
郷田の地道な足で稼いだ物証が、事件の核心へと、私たちを導いていた。

あなたも、物語を語れる大人になりませんか?

  • 知性は最高のアクセサリー: 一本の葉巻の背景を語れる知識は、どんな高級時計よりもあなたの価値を高める。
  • 五感を研ぎ澄ます体験: シガーのアロマや味わいを分析する訓練は、あなたの感性をより豊かに磨き上げる。

偽りの契約書と最後の交渉。富裕層がシガーの「資格」で交わす魂の対話

数日後、鷲尾は伊集院邸を訪れ、翔に契約の最終合意書へのサインを迫った。
「お父上の遺志を継ぐのが、君の役目だろう?」
高圧的な鷲尾の態度に、翔は完全に萎縮していた。

その時、私が二人のいる応接室の扉を開けた。
「鷲尾社長。契約の前に、故人を偲び、龍山会長があなたのために用意していた、特別な一本をご一緒いたしましょう」

私がテーブルの上に置いたのは、高遠が屋敷の隠し金庫から発見した、もう一本の古びた葉巻だった。そのラベルには「Davidoff No.1」と記されている。
「…ダビドフ?キューバ産の?」
鷲尾の顔に、侮蔑の色が浮かんだ。シガーを知る者なら、ダビドフがキューバから撤退して久しいことを知っている。

「ええ。1989年、キューバ革命前に作られた、伝説の“ハバナ・ダビドフ”。葉巻愛好家が最後に辿り着く、幻の逸品よ」
私は、静かに葉巻に火を灯し、その複雑で芳醇な香りを部屋に満たした。

「龍山会長は、最大の敬意を払う相手と、この一本を分かち合うつもりだった。しかし、同時に、これはあなたへの『決別』のメッセージでもあったのよ。鷲尾さん、あなたはこの葉巻が持つ、もう一つの物語をご存知かしら?」

私は続けた。
「この葉巻が作られた農園の主は、革命政府との契約を一方的に破棄され、全てを失って国を追われた。龍山会長は、あなたとの契約を破棄するにあたり、自らの覚悟を示すために、この一本を選んだ。あなたのやり方は、信頼を裏切った革命政府と同じだと、そう告げるためにね」
鷲尾の顔から、血の気が引いていくのが分かった。

紫煙の向こうに見える真実。富裕層がシガーの「資格」に求める“本物”の価値

追い詰められた鷲尾は、全てを自白した。
あの日、龍山会長から契約破棄を告げられ、決別のシガーを差し出された彼は逆上した。揉み合ううちに、元々心臓に持病のあった会長が発作を起こして倒れた。鷲尾は、救急車を呼ぶこともせず、彼が死に至るのを見殺しにしたのだ。そして、あたかも契約が合意に至ったかのように見せかけるため、自分が持ってきたベイーケに火をつけ、吸い殻を現場に残して立ち去った。
決別の証であるダビドフは、腹いせに持ち去り、自らのオフィスで捨てた。それが、郷田が見つけた物証だった。

事件は解決した。翔は、父の本当の想いを知り、経営者として会社を守り抜くことを固く誓った。
郷田は、またしても大スクープを手に入れ、満足そうに編集部へと走り去っていった。

エピローグ:父の香り

一人になった書斎で、私は龍山会長が遺した“ハバナ・ダビドフ”の残りに、静かに火を灯した。
立ち上る紫煙の向こうに、亡き父の姿が重なる。彼もまた、シガーを愛し、一本の葉巻に自らの哲学を込める、”本物”の男だった。

富裕層の世界では、多くのものが金で買える。だが、品格や哲学、そして信頼だけは、どんな大金を積んでも手に入らない。
シガーの「資格」とは、その見えない価値を理解し、守り抜くための、静かなる誓いなのかもしれない。
そして、その誓いを果たすための戦いは、まだ終わらない。私の手には、あと2つの切り札が残されているのだから。

【編集後記】一条怜の事件ファイル、次なる“紫煙”の先へ

最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。

この記事は、謎の女性「一条 怜」が、14の資格を武器に富裕層の世界で巻き起こる事件を解決していく物語シリーズ**『14の資格を持つ女』**の、第十二話をお届けしました。

今回、一本の葉巻に込められたメッセージを読み解き、富裕層の裏切りを暴いた彼女ですが、その手にはまだ2つもの強力な武器(資格)が残されています。

  • 呪われた交響曲が奏でる、嫉妬の不協和音。
  • そして、湯けむりの先に待つ、彼女自身の過去との対峙…

物語はいよいよクライマックスへ。一条怜の次なる活躍は、下の関連記事やメニューからお楽しみいただけます。

また、彼女が持つ14の資格の全貌、そして富裕層がなぜこれらの「感性の投資」に惹かれるのか。その全てをまとめた**【事件ファイル目録】**をご用意しました。
物語の世界をより深く楽しむため、そしてあなた自身の人生を豊かにする「次の一手」を見つけるために、ぜひご覧ください。

[【事件ファイル目録】14の資格を持つ女~富裕層が学ぶ「感性の投資」14選~ はこちら]


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そして――怜の物語と時を同じくして、京都の高級旅館『月影庵』では、妹の 月島栞 が、日本の伝統文化を武器に数々の難事件へ挑んでいます。
光と影、東京と京都。二人のヒロインの物語は、やがて交わり、運命を揺るがすことでしょう。

👇 [【事件ファイル目録】月島栞サーガ Season2 はこちら]

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