
【登場人物】
- 神楽坂 雅(かぐらざか みやび):
歩く国際連合(ウォーキング U.N.)。8つの国際資格を持つ、謎のエージェント。今回は、そのMBAの知識を武器に、古都の闇に挑む。 - 八神 螢(やがみ ほたる):
デジタル・ウィッチ(電子の魔女)。雅の秘書を演じる天才ハッカー。京都の老舗に、SNS担当アルバイトとして静かに潜入する。 - 郷田 健介(ごうだ けんすけ):
魂でシャッターを切る男。月島栞の依頼を受け、経営コンサルタントの欺瞞を追う、熱血フリージャーナリスト。 - 長谷川 彰(はせがわ あきら):
経営の悪魔。海外MBAを取得した、冷徹な経営コンサルタント。老舗の伝統を「無価値な資産」と断じ、その魂を喰らおうと画策する。 - 小野寺 結衣(おのでら ゆい):
悲劇の女将。京都の老舗和菓子屋『京泉堂』を継いだ若き女性。店の未来を守るため、悪魔に魂を売ろうとしている。
イントロダクション
京都、祇園。
石畳に差す夕陽が、千本格子を茜色に染める頃。
百年の歴史を誇る老舗和菓子屋『京泉堂』は、静かな死を待っていた。
経営難に喘ぐ若き女将、小野寺結衣の前に、一人の男が現れたのは、ひと月前のこと。
経営コンサルタント、長谷川彰。
彼は、まさに、現代の魔法使いだった。
「伝統は、守るものではない。リブランディングし、マネタイズするものです」
彼の口から語られる、最新の経営理論。
キャッシュフロー、サプライチェーン、コア・コンピタンス…。
その言葉の魔術は、店の誰もが失いかけていた『希望』という名の光を、再び灯した。
…ただ一人を、除いては。
結衣は、店の奥で、一人震えていた。
数字上は、完璧な再建計画。誰もが、長谷川を救世主だと信じている。
だが、彼女の心の奥底で、何かが、静かに、そして確かに、軋んでいた。
父が、命懸けで守ってきた、あの味。
職人たちが、人生を捧げてきた、あの暖簾。
その全てが、音もなく、美しい数字の羅列に、喰い尽くされていく。
「助けて、お父さん…」
その小さな悲鳴は、まだ、誰の耳にも届いてはいなかった。
古都の闇に、静かに吸い込まれていく。
悪魔の計画書が、その最後のページを、閉じようとしていた。
第1章:富裕層が学ぶ【MBA】、二つの依頼
東京、西麻布。
神楽坂雅のオフィスは、書庫と呼ぶ方が、相応しい場所だった。
壁一面の古書に囲まれ、彼は、静かに筆を走らせていた。
その静寂を破ったのは、一本の電話だった。
「…もしもし、神楽坂、雅様の、お電話でしょうか」
受話器の向こうから聞こえてきたのは、か細く、今にも消え入りそうな、若い女性の声。
小野寺結衣と名乗った彼女は、堰を切ったように、話し始めた。
店の窮状。そして、救世主のように現れた経営コンサルタント、長谷川彰のこと。
彼が提示した、完璧なはずの、事業計画書。
「…長谷川さんの、おっしゃることは、全て、正しいのです。数字は、嘘をつきませんから」
結衣の声が、微かに、震える。
「でも、違うのです。何かが、どうしても…。父が生きていたら、決して、こんなことには…」
雅は、ただ、静かに、彼女の言葉に耳を傾けていた。
彼女が感じているのは、論理では説明できない、魂の軋み。
数字の正しさだけでは、決して救うことのでない、心の悲鳴。
「…結衣様。あなた様のお父上には、生前、大変お世話になりました」
雅は、穏やかに、しかし、揺らぎない声で、告げた。
「一度、その魔法の計画書とやらを、私にも、拝見させていただけますかな?」
時を同じくして、京都。
祇園の雑踏の中、フリージャーナリストの郷田健介は、忌々しげに舌打ちをしていた。
スマートフォンの画面には、月島栞からの、短いメッセージ。
『郷田さん。私の大事な友人が、悪い狐に、騙されかけているかもしれまへん』
添えられていたのは、経営コンサルタント・長谷川彰の、経歴が書かれたウェブサイトのURL。
数々の企業を再生させたという、華々しい実績が、自信たっぷりに並べられている。
「…ケッ、胡散臭ぇこと、この上ねぇぜ」
郷田は、理屈ではない、ジャーナリストとしての、獣じみた直感で、そう断じた。
写真の中の男は、完璧な笑顔で、笑っている。
だが、その瞳の奥は、まるで、獲物の値踏みをする、ハイエナのように、冷たく、乾いていた。
栞からの依頼。断る理由など、あろうはずもない。
「とんでもねぇスクープの匂いが、プンプンするじゃねぇか…!」
郷田は、ニヤリと笑うと、愛用のカメラを、強く、握りしめた。
ジャーナリストとしての、魂が、叫んでいる。
「待ってな、栞さん。その狐野郎の化けの皮、この俺が、根こそぎ、剥がしてやるぜ!」
静かなる剣聖と、熱き魂のジャーナリスト。
二人の男が、まだ見ぬ敵の正体を暴くため、京都という名の、古の戦場へと、静かに、駒を進めた。
第2章:富裕層が学ぶ【MBA】、数字という名の凶器
『京泉堂』の奥座敷は、重い沈黙に支配されていた。
中央には、店の未来を左右する、事業計画書。
その片側に座るのが、店の将来を憂う、古参の職人たち。
そして、もう一方の主座には、長谷川彰が、自信に満ちた笑みを浮かべて、座っていた。
「…ですから、皆さんの、その『長年の勘』とやらは、もう古いのです」
長谷川の声は、冷たく、滑らかだった。
彼は、職人頭が大切に守ってきた、秘伝の餡の製法を、『非効率なコスト要因』と、一刀両断する。
「私のファイブフォース分析によれば、現在の市場で最も重要なのは、スピードと、ロット数の拡大です。伝統的な製法に固執することは、キャッシュフローを悪化させるだけの、感傷的な経営に過ぎない」
ファイブフォース。キャッシュフロー。
横文字の専門用語が、まるで、冷たい刃のように、職人たちの誇りを、一つ、また一つと、切り刻んでいく。
彼らは、菓子作りの名人ではあっても、経営の専門家ではない。
反論しようにも、その言葉の意味すら、分からない。
悔しさに、ただ、唇を噛み締めるしかなかった。
その光景を、店の隅の席で、二人の男が、静かに見つめていた。
一人は、神楽坂雅。
彼は、ただ、出された抹茶を静かに味わいながら、長谷川が語る理論の、その空虚さを、見抜いていた。
MBAの知識を、まるで、人を殴るための棍棒のように、振り回しているだけだ、と。
そして、もう一人。
フリージャーナリストの郷田健介は、**「新進気鋭のコンサルタントによる、老舗再建ドキュメント」**という名目で、ボイスレコーダーを回しながら、その一部始終を記録していた。
彼の眉間には、深い皺が刻まれている。
(…なんだ、こいつは。数字ばっかりで、人の心が、全く見えてねぇじゃねぇか…!)
郷田のジャーナリストとしての魂が、警鐘を鳴らしていた。
この男がやっているのは、経営再建などではない。
これは、ただの、弱い者いじめだ、と。
その時、雅と郷田の視線が、一瞬だけ、静かに交錯した。
言葉はなくとも、互いが、それぞれのやり方で、同じ『真実』――この男の化けの皮を剥がすという目的――に辿り着こうとしていることを、瞬時に理解するのだった。
第3章:富裕層が学ぶ【MBA】、二つの調査線
夜。
雅が滞在する、京都のホテルのスイートルーム。
テーブルの上には、結衣から託された、長谷川の事業計画書が、静かに置かれていた。
「…なるほど。見事なものですな」
雅は、感嘆とも、嘲笑ともつかぬ息を漏らした。
SWOT分析、PPM、バリューチェーン…。
MBAの教科書に出てくるフレームワークが、完璧な体裁で、並べられている。
知識のない者が見れば、反論の余地のない、完璧な戦略に見えるだろう。
だが、雅の目は、その完璧に塗り固められた壁の、僅かな『亀裂』を見逃さなかった。
財務諸表のページ。
『京泉堂』の資産評価の項目に、彼の指が、ぴたりと、止まる。
「…無形資産、ゼロ評価。暖簾も、商標権も、職人の技術も、全てが、ゼロ」
雅の瞳が、絶対零度の光を宿した。
これこそが、この計画書の、悪魔の心臓部。
店の百年が築き上げた、最も価値のある『魂』を、会計上の数字トリックで、意図的に消し去っているのだ。
本物のMBAホルダーならば、決して犯さない過ち。
いや、これは過ちではない。
魂だけをタダ同然で奪い取り、抜け殻を捨てるための、計算され尽くした『悪意』。
「…あなた様は、経営学の、何を学んできたのですかな」
雅は、誰にともなく、静かに、呟いた。
その頃、郷田健介は、金沢の古い居酒屋にいた。
彼の目の前には、憔悴しきった様子の、初老の男。
かつて、この地で、三百年の歴史を誇った、老舗酒蔵の元主人だった。
「…最初は、救世主に見えたんです」
男は、震える声で、語り始めた。
「あの男…長谷川は、流暢な言葉で、夢のような未来を、我々に見せた。だが、気づいた時には、全てを奪われていた」
巧みな契約で、酒蔵の経営権を奪い、伝統の製法も、杜氏たちも、全て切り捨てた。
そして、最後に残った『商標権』だけを、海外のファンドに、高値で売り飛ばしたのだという。
「あいつは、悪魔だ…!」
男は、テーブルに突っ伏し、嗚咽を漏らした。
「俺たちの、三百年の魂を…人生を、紙切れ一枚で…!」
郷田は、何も言わなかった。
ただ、その悲痛な叫びの全てを、カメラのレンズに、そして、自らの魂に、刻み付けていた。
レンズの向こうで、ジャーナリストとしての、静かな怒りの炎が、赤く、燃え上がっていた。
第4章:富裕層が学ぶ【MBA】、電子の魔女の暗躍
『京泉堂』の午後は、甘い香りと、穏やかな時間で満たされている。
その一角で、一人の少女が、慣れない手つきで、店の商品の写真を撮っていた。
八神螢。
彼女は、**「SNSでの広報を手伝いたい」**と申し出てきた、今時の若者を完璧に演じていた。
「わー!この『琥-珀糖』、キラキラしてて、ちょー映えますねー!」
その無邪気な声と、少しドジな振る舞いに、店の誰もが、すっかり心を許していた。
特に、ITに疎い若女将の結衣にとっては、救いの神のようにも見えただろう。
「すみませーん!Wi-Fiのパスワード、もう一回、教えてもらってもいいですか?なんか、切れちゃって…」
螢は、申し訳なさそうに、事務所の奥へと顔を出す。
その手には、最新のスマートフォン。
表向きは、パスワードを再入力しているだけに見える。
だが、その画面の下半分には、彼女だけが見える透明な特殊キーボードが表示され、指は人間業とは思えぬ速度で、複雑なコマンドを打ち込んでいた。
長谷川が導入した、最新の経営管理システム。
顧客情報、財務データ、全ての情報が、そこに集約されている。
鉄壁のセキュリティに守られている、はずだった。
「…あ、すいません!ちょっと、手が滑って…」
螢は、持っていたお茶のペットボトルを、「うっかり」システムのネットワークハブの近くに、倒した。
店の者が、慌てて布巾を取りに走る、その僅か数秒の隙。
彼女の指先から、米粒よりも小さなチップが、ケーブルの隙間に、音もなく滑り込む。
それは、彼女が作り上げた、物理的な『鍵』。
どんなファイアウォールをも、内側から食い破る、デジタルの猛毒。
「ごめんなさーい!私って、ほんとドジで…」
舌をぺろりと出し、謝る螢。
その潤んだ瞳の奥で、冷徹な光が、静かに灯っていた。
(…第一フェーズ、完了。蛇の巣穴への扉は、開いた)
彼女のスマートフォンに、店のシステム内部の見取り図が、完璧な形で、映し出される。
その中心で、一際大きく、そして邪悪に脈打っている、フォルダがあった。
その名は、『京泉堂_再建計画』。
螢は、誰にも気づかれぬよう、口の端に、微かな笑みを浮かべた。
電子の魔女の、静かなる狩りが、今、始まった。
知識は、時に『凶器』となる。だが、真の知識は、最強の『盾』となる。
長谷川は、MBAの専門用語を『凶器』として、職人たちの誇りを打ち砕いた。
知識のない者は、その一方的な暴力の前に、ただ、ひれ伏すしかないのか?
否。
神楽坂雅は、本物のMBA知識を『盾』として、その欺瞞を見抜き、反撃の糸口を掴もうとしている。
なぜなら、真の経営学とは、数字で人を支配する術ではない。
大切なものを守り、未来を創造するための、体系化された『知恵』だからだ。
あなたも、騙され、搾取される側で、終わりたいか?
それとも、愛するものを守り抜くための、本物の『知恵』を、その身に宿したいか?
その分水嶺は、いつだって、学びへの一歩を踏み出すか、否かにある。
- 明治大学ビジネススクール
- 一橋大学大学院 経営管理研究科 MBA
- 早稲田大学大学院 経営管理研究科
第5章:富裕層が学ぶ【MBA】、三位一体の証拠
夜の帳が下りた、先斗町。
柳が揺れる石畳の路地に、小さな灯りが揺れている。
その奥にある、古びた居酒屋のカウンターで、神楽坂雅と郷田健介は、静かに向かい合っていた。
「…まずは、これを見てくれ」
郷田は、ぶっきらぼうに言うと、タブレットを雅の前に滑らせた。
再生されたのは、金沢の元酒蔵主人の、涙の告白。
その悲痛な叫び、人生を奪われた絶望が、画面越しに、生々しく伝わってくる。
雅は、無言で、その全てを見終えた。
彼の表情に、変化はない。
だが、その瞳の奥で、静かな怒りの炎が、温度を一度、下げたのが分かった。
燃え盛る怒りではない。全てを凍てつかせる、絶対零度の怒り。
「…次に、私の番ですかな」
雅は、事業計画書のコピーを取り出すと、例の『無形資産ゼロ評価』のページを、指し示した。
「郷田さん。あなたが取材した現実が、ここに、数字として現れている」
雅は、静かに、しかし、恐ろしく冷徹な声で、その欺瞞を解説していく。
「彼は、MBAの理論を悪用している。いや、悪用すらできていない。ただ、その上澄みを掬い取り、知識のない者を煙に巻くための『武器』として、使っているだけです」
郷田は、歯ぎしりした。
「…とんでもねぇクズ野郎だぜ…!人の涙も、百年の歴史も、全部、ただの数字かよ!」
その時、雅のスマートフォンが、静かに、一度だけ、震えた。
八神螢からの、暗-号通信。
雅は、そのデータを、郷田のタブレットに転送する。
画面に映し出されたのは、複雑な金の流れを示す、相関図だった。
『京泉堂』から、いくつかのダミー会社を経由し、最終的に、一本の線が、海外のタックスヘイブンに籍を置く、投資ファンドへと繋がっている。
それは、螢が**『京泉堂_再建計画』と名付けられたフォルダの奥深くに隠されていた、裏帳簿**から抜き出した、おぞましい金の流れ。
そして、そのファンドが、郷田が取材した、金沢の酒蔵の商標権を、今まさに、保有しているという、動かぬ証拠。
理論。
現実。
そして、データ。
三つの真実が、一つの線で繋がった瞬間だった。
長谷川彰という男が、日本の伝統ある老舗を次々と食い物にしてきた、ハイエナたちの、手先に過ぎないという、おぞましい真実が。
郷田は、わなわなと震える拳を、強く、握りしめた。
その目は、もはや、怒りを通り越し、静かな殺意すら、宿していた。
「…記事の、見出しは、決まったぜ」
郷田は、獣のように、低く、唸った。
「――『MBAを騙る、悪魔の肖像』…だ」
第6章:富裕層が学ぶ【MBA】、ジャーナリストの牙
『京泉堂』の奥座敷。
その空気は、鉛のように、重かった。
テーブルの中央には、最終契約書。その向こうで、長谷川彰が、蛇のような目で、小野寺結衣を睨みつけている。
彼の背後には、威圧するように、二人の屈強な男たちが、腕を組んで立っていた。
「…さあ、結衣さん。サインを。これが、あなたの店が、世界へ羽ばたくための、唯一の翼です」
甘く、しかし、逆らうことを許さない、その声。
結衣は、震える手で、ペンを取った。
もう、逃げ場はない。
彼女が、自らの魂を売り渡そうとした、その時だった。
カシャッ!
静かな座敷に、不釣り合いなシャッター音が、鋭く響いた。
全員の視線が、入り口へと、突き刺さる。
そこに立っていたのは、郷田健介。
その手には、プロ仕様のカメラが、冷たく、光っていた。
「――面白い絵が、撮れるな」
郷田は、悠然と、部屋の中へ入ってきた。
彼の隣には、腕利きのカメラマンも控えている。
「長谷川さん、いくつか、確認したいことがあるんですが。ジャーナリストとしてね」
長谷川の顔が、みるみるうちに、険しくなっていく。
「…何の真似だ、君は」
「真似も何も、取材だよ、取材」
郷田は、悪びれもせずに、笑った。
彼は、感情的にならない。あくまで、冷静に、プロのジャーナリストとして、質問の刃を、突きつけていく。
「まずは、金沢の『〇〇酒造』の件ですが。あなたのコンサルティングの後、奇しくも、倒産してしまいましたね。その商標権は、現在、ケイマン諸島の××ファンドが、保有している。…この件について、何かご存じですか?」
長谷川の額に、脂汗が、滲む。
「…知らないな。ただの、偶然だろう」
「偶然、ねぇ」
郷田は、さらに、畳み掛けた。
「では、博多の△△織物の件は?あそこも、あなたの指導の後、同じ運命を辿っている。そして、商標権は、またしても、同じ××ファンドに。…ずいぶんと、偶然が、重なるもんだな!」
郷田の声が、徐々に、熱を帯びていく。
それは、もはや、ただの質問ではない。
確固たる証拠を握った、告発者の、魂の叫びだった。
長谷川の完璧な理論武装が、ガラガラと、崩れ始めていた。
彼の背後にいた男たちが、威嚇するように、一歩、前に出る。
だが、郷田は、一歩も、引かなかった。
ジャーナリストの牙が、ついに、悪魔の喉元に、食らいついた瞬間だった。
第7章:富裕層が学ぶ【MBA】、静かなる王の断罪
「――その問いの答えは、私が、ご説明いたしましょう」
凛とした、静かな声が、張り詰めた空気を、支配した。
その声の主は、いつの間にか、そこに立っていた。
神楽坂雅。
彼の存在は、まるで、初めからその空間の一部であったかのように、自然で、しかし、絶対的なものだった。
郷田の告発に、狼狽していた長谷川は、雅の姿を認めると、最後の虚勢を張った。
「…神楽坂さん。あなたも、この三文芝居に、一枚噛んでいたとはな。ただの案内人が、経営の何が分かるというんだ」
その嘲笑を、雅は、静かに受け流した。
彼は、郷田が切り崩した綻びから、まるで、熟練の外科医が、メスを入れるように、その言葉を、差し込んでいく。
「ええ。私は、ただの案内人です。ですが、あなた様が、道に迷われているようなので、ご案内を、と思いまして」
雅は、ゆっくりと、結衣と、そして、同席していた銀行員や、職人たちの前へと、歩みを進めた。
「長谷川様。あなた様の事業計画書は、実に、見事なものでした。MBAのフレームワークを、美しく、なぞっている。…ですが、あなた様は、その本質を、何も、理解なされていない」
雅の声は、穏やかだった。
だが、その言葉の一つ一つが、長谷川のプライドを、根底から、抉り取っていく。
「真の事業価値は、バランスシートの数字の上にだけ、存在するのではない。この『京泉堂』という暖簾が持つ『ブランドエクイティ』。そして、ここにいる職人の方々が、その手に宿す『コア・コンピタンス』。それこそが、百年を越えて、この店を支えてきた、魂そのものです」
ブランドエクイティ。コア・コンピタンス。
長谷川が、自らの武器として振り回してきた、MBAの専門用語。
だが、雅が語る時、その言葉は、全く違う、深く、重い意味を持った。
「それを、あなたは、ゼロと評価した。短期的なキャッシュフローのために、店の魂を、売り飛ばそうとした。…それは、経営学の自殺行為に、等しい。MBAの知識を、最も、愚かに、悪用した、最低の手口です」
雅の完璧なロジックが、長谷川の、薄っぺらな理論武装を、完膚なきまでに、粉砕していく。
銀行員の顔色が変わる。
職人たちの目に、怒りの光が、戻ってくる。
形勢は、完全に、逆転した。
長谷川は、もはや、言葉を発することもできず、ただ、蒼白な顔で、わなわなと、震えるだけだった。
第8章:富裕層が学ぶ【MBA】、偽りの終焉
「…まだ、だ…」
長谷川は、絞り出すような声で、呟いた。
「…まだ、終わっていない…!契約書は、ここにある…!法的には、私が…!」
その、見苦しい最後の悪あがきを、断ち切ったのは、郷田の、怒りに満ちた声だった。
「――その契約書が、『詐欺』と『脅迫』の産物であることは、ここにいる、全員が証人だぜ!」
郷田が、タブレットを高く掲げる。
画面には、螢が確保した、海外ファンドとの、おぞましい金の流れ。
そして、金沢の元酒蔵主人の、涙の告発が、音声付きで、再生されていた。
理論的破綻。
そして、物理的証拠。
長谷川彰という男の、虚飾に満ちたキャリアが、完全に、崩壊した瞬間だった。
銀行員は、冷たい視線で、彼に背を向けた。
職人たちの、怒りに満ちた視線が、彼に突き刺さる。
もはや、彼の味方は、どこにも、一人もいなかった。
彼は、立っていることもできず、その場に、へたり込んだ。
その姿は、もはや、悪魔ですらなく、ただの、哀れな、抜け殻だった。
雅は、その姿を、静かに見下ろすと、最後の言葉を、投げかけた。
「…経営とは、数字のゲームではございません。人の心を、未来へと繋ぐ、営みです」
その声には、怒りも、嘲笑もない。
ただ、深い、深い憐憫だけが、宿っていた。
「あなたはその本質を、学び損ねてしまった、ようだ」
その言葉は、長谷川にとって、いかなる法の裁きよりも、重い、敗北の宣告となった。
古都の静寂の中に、偽りの知識を振りかざした男の、空虚なキャリアが、音もなく、崩れ落ちていった。
偽りの知識は、滅びる。本物の知性だけが、未来を創る。
長谷川の、上辺だけの理論は、神楽坂雅の本物の知性の前に、脆くも崩れ去った。
そして、雅が最後に提示した、希望に満ちた事業計画書。
それこそが、MBAが持つ、真の力だ。
MBAとは、単なる学歴ではない。
複雑に絡み合った問題の『本質』を見抜き、数字の裏にある『人の心』を読み解き、そして、絶望的な状況からでも、**未来への活路を切り拓くための『思考体系』**そのものなのだ。
あなたも、偽物の言葉に、人生を弄ばれる側でいいのか?
それとも、自らの手で、未来の設計図を描き出す、創造者となるか?
その選択は、今、あなたの手に委ねられている。
- 一橋大学大学院 経営管理研究科 MBA
- 早稲田大学大学院 経営管理研究科
- 明治大学ビジネススクール
エピロー-グ:富裕層が学ぶ【MBA】、魂の事業計画書
数週間後。
『京泉堂』には、かつての活気が、戻っていた。
いや、それ以上の、新しい希望の光が、満ちている。
店の奥座敷で、結衣は、一枚の書類を、食い入るように見つめていた。
それは、雅が、彼女のためだけに、作り上げた、新しい事業計画書だった。
そこには、ただ、守るだけの、後ろ向きな計画はない。
伝統の味は、断固として守り抜く。
その上で、SNSや海外のECサイトを活用した、新しいマーケティング戦略。
海外の富裕層に向けた、体験型の店舗展開。
そのための、緻-密な資金調達計画。
それは、MBAの知識が、過去を守るためだけではなく、未来を創造するための、最強の武器になることを、何よりも雄弁に、物語っていた。
「…すごい…」
結衣の目から、涙が、こぼれ落ちる。
それは、もう、悲しみの涙ではない。
未来への、希望に満ちた、熱い涙だった。
その様子を、店の入り口で、郷田健介が、満足げに見つめていた。
彼は、隣に立つ雅の肩を、バン、と力強く叩く。
「いやー、雅さん、あんた、やっぱり、すげぇよ!おかげで、とんでもねぇスクープ記事が、書けたぜ!」
「…記事は、結局、お蔵入りにしたそうでは、ございませんか」
雅が、静かに、しかし、少しだけ楽しそうに、問い返す。
「栞様への、配慮だとか」
「…う、うるせぇ!」
郷田は、バツが悪そうに、頭を掻いた。
「いいんだよ、たまには、書かねぇ記事が、あってもな!」
その、太陽のような笑顔に、雅もまた、静かに、微笑み返すのだった。
古都の暖簾は、こうして、本物の知恵と、熱い魂によって、守られた。
そして、新しい未来へと、その一歩を、力強く、踏み出した。
【編集後記】外交官の遊戯、悪魔の事業計画書
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
『外交官の遊戯 File.02 悪魔の事業計画書』、お楽しみいただけましたでしょうか。
いやー、今回の悪役、長谷川、本当にムカつきましたね!(笑)
ああいう、もっともらしい理屈を振りかざして、人の心をないがしろにするタイプ、現実に、いますよね…。職人さんたちの、あの悔しい気持ちを思うと、私も、胸が締め付けられました。
だからこそ、最後の、雅さんの、あの静かなる論破!
「あなたはその本質を、学び損ねてしまった、ようだ」
し、痺れました…!最高の、カウンターでしたね!
そして、なんと言っても、郷田さん!
彼の、あの、熱い魂と、ジャーナリストとしてのプライド!雅さんとの、静と動の、デコボココンビ、最高でした。
最後の、栞様への配慮で、スクープ記事をお蔵入りにしちゃうあたり、郷田さんの、不器用な優しさが、爆発してましたね(笑)。
今回、物語の鍵となった「MBA」。
それは、決して、人を打ち負かすための道具ではありません。
雅が示したように、大切なものを守り、未来を創造するための、希望の設計図なのだと、感じていただけたなら、幸いです。
さて、螢が掴んだ、兄の死に関わる組織の影。
雅と螢の、真実を求める旅は、まだまだ続きます。
この『外交官の遊戯』は、怜の『14の資格を持つ女』、栞の『月影庵の事件簿』、そして九条の『帝国の羅針盤』と、同じ時間軸で進行しています。
四つの物語が、これからどう交錯していくのか。ぜひ、全ての視点からお楽しみください。
富裕層が学ぶ資格【国際資格編】 外交官の遊戯 はこちら
富裕層が学ぶ資格【国際資格編】8選|グローバル資産を守るための知的武装
パスポートよりも強力な、“知識というビザ”をその手に。一国の成功者から、世界のプレイヤーへと昇華するための、8つの鍵がここにある。
富裕層が学ぶ資格【資産形成・防衛編】 帝国の羅針盤 はこちら
富裕層が学ぶ資格【資産形成・防衛編】専門資格10選|守り、増やすための知的武装
資産という名の王冠を戴く君へ。駒として踊らされる側から、盤面そのものを支配する側へと至るための、禁断の知性がここにある。
富裕層が学ぶ資格【趣味・教養編】 】一条怜サーガ はこちら
富裕層が学ぶ資格【趣味・教養編】人生を彩る「感性の投資」14選
ワイングラスに映る嘘、懐中時計に刻まれた記憶。真の豊かさは、五感で真実を見抜く「感性の投資」にこそ宿る。
富裕層が学ぶ資格【文化・ホスピタリティ編 月島栞サーガ はこちら
富裕層が学ぶ資格【文化・ホスピタリティ編】品格を磨く15選
花一輪で空間を制し、墨一筆で心を映す。富の先にある、真の品格をその身に纏うための、15の美しきおもてなしがここにある。



